〈第10回写真出版賞 審査を終えて〉写真家 青山裕企さん・提携出版社 松崎義行さんにインタビュー

レポート

2024/09/18

 

2024年某日、第10回写真出版賞の審査が開催されました。

審査後に、特別審査員の青山裕企さんと審査員の松崎義行さんへのインタビューを行い、審査のポイントや印象に残った作品について聞きました。

後半には、青山さんに「本を出版すること」「写真家として活動すること」についても話を聞いています。

応募の経験を糧にしていただくために、そして今後の創作活動の参考に、ぜひご覧ください。

(審査員は複数名おり、この記事に書かれている内容は全員の意見ではありません)

 

 

 

《 プロフィール 》

  

 

青山 裕企(写真家 / 写真出版賞 特別審査員)

1978年、愛知県名古屋市生まれ。2007年、キヤノン写真新世紀優秀賞受賞。『ソラリーマン』『スクールガール・コンプレックス』『少女礼讃』など、“日本社会における記号的な存在”をモチーフにしたポートレート作品を制作。2009年より写真集などの著書を100冊以上刊行(翻訳版も多数)。『スクールガール・コンプレックス』は、2013年に映画化。写真集は累計10万部以上のベストセラーとなる。吉高由里子・指原莉乃・生駒里奈・オリエンタルラジオなど、時代のアイコンとなる俳優・アイドル・タレントの写真集の撮影を担当している。2016年より、ユカイハンズパブリッシング設立。写真出版賞では第1回より特別審査員を務める。URL:https://yukiao.jp

 

 

 

松崎 義行(詩人提携出版社 みらいパブリッシング 代表取締役写真出版賞 審査員)

1964年東京吉祥寺生まれ。本賞の提携出版社みらいパブリッシングの代表取締役。 15歳で第一詩集『童女M-16の詩』を刊行。以来、詩、作詞、エッセイ、編集など出版や表現に関わる多数の活動を行っている。本賞では第1回から審査員を務める。URL:http://miraipub.jp/

 

 

 

 

審査の感想

青山:

今回もすごくバリエーションが豊かで、今までと比べると、ひとりひとりのこだわりやテーマ性がはっきりしていて分かりやすい写真が多かったです。印象に残る写真の数も、いつも以上に多かった気がします。

この写真出版賞がはじまって5年になりますが、この5年間だけでも、写真がどんどん変わってきているのを感じます。技術の進化とともに、まるで撮れていないという写真は無くなって、今はもう、写真を撮る人の目が、脳が、そのまま写っているような感覚があります。

シャッターを切れば撮れる。だからこそ、自分の「好き」を追及し、ものの見方やこだわりを大事にしている作品に惹かれます。撮る人自身のこだわりや狂気を感じられる作品ですね。

あとは、1枚1枚の写真やデータとしてのクオリティ、1枚1枚にちゃんと向き合っているかどうかも大切です。撮るときにちゃんと被写体に向き合っているか、撮った後にちゃんと時間をかけて仕上げているか。そこも意識して審査しました。

 

写真家 ・特別審査員 青山裕企さん

 

松崎:

今回も多くの応募があり、レベルの高いチャレンジャーが沢山集まってくれました。応募者だけではなく、審査する私たちもチャレンジしないといけないような状況だった気がします。ひとつひとつの作品に、ここからどういう世界が拓けるのか? という想像力が試され、常に緊張感と期待感が漂っていました。

ここからどういう世界が拓けるのか? というのは、「この作品を編集し、出版したらどうなるか?」をイメージすることです。提携出版社として、いつもそのイメージを作りながら審査をしています。

今回も、すぐにでも出版に取り組みたいと思ったもの、ニッチマーケットへのアプローチを模索したいもの、残す価値があるものなど、さまざまな作品がありました。ちょっと乱暴な言い方かもしれませんが、選り取り見取りとしか言いようがない、多様な作品に出会えたのは、本当に嬉しいことでした。

 

提携出版社 みらいパブリッシング 代表取締役・審査員 松崎義行さん

 

 

 

大賞「花鳥鉄道風月線」について

 

松崎:

今回の大賞に選ばれたのは、武川健太さんの「花鳥鉄道風月線」という作品です。

鉄道写真の範疇を超えて、ヒューマンドキュメンタリーのようになっていたり、旅の楽しさを伝えるものになっています。鉄道ファンの人ではなくても楽しめる、珍しい写真や面白いシーンが沢山あるんですよね。

第3回写真出版賞で大賞だった北山建穂さんの『四季彩図鑑』のように、趣味性の高い世界を広げるような書籍が重版出来になりシリーズ化されるなど成功を収めていることも背景にあります。

 

青山:

鉄道って、多くの男性がまず子どもの頃にハマるじゃないですか。この作品からは、子どもがそのまま大人になったような感受性、純真さのようなものを感じました。

写真だけではなく言葉も良かったですよね。抜群に面白かったです。写真は少し粗もありましたが、なにより物量がありました。レタッチが鮮やかでリアルを超えていく感じが、今っぽいかもしれないですね。

プラレールの写真も印象に残っています。

 

「花鳥鉄道風月線」武川 健太

 

 

 

青山裕企賞「青春の幕引き」について

 

青山:

実は、世間に持たれている私の印象と私の実際の写真の好みは違ったりするんです。でも、この賞には自分の名前がついているので、私が選ぶことに意味がないといけない、という基準でいつも見ています。

今回、私が審査員特別賞に選んだのは、RYOSIKIさんの「青春の幕引き」という作品です。

日本のポートレートのジャンルでは、私も含め若い女性を撮る作品が多く、この作品のように若い男性にフィーチャーしているものは珍しいと思います。

RYOSIKIさんはきっと、自分に近しい対象を撮っていると思うのですが、ジェンダーに関して考えていることがあるんだろうな、と想像します。作品の中には、それが顕著に分かるような、口紅をつけている写真もありましたね。

作品の完成度はこのまま撮り続けていけばさらに高まっていく気がするのですが、この時点でなにか背中を押してあげたいという気にさせられたため、選ばせていただきました。これは今しか撮れない写真だ、と感じたので。

 

「青春の幕引き」RYOSIKI

 

松崎:

この作品を見たときに、言葉や声が聞こえてくるような気がしました。日本語なのか中国語なのか、何を言っているのかは分からないけれど、とにかく聞こえたんです。今まで写真を見てそういう経験をしたことはなかったので、すごく新鮮な気がしました。

 

青山:

写真だけの応募で、作品に文章を入れていなかったのも、結果的に良かったと思います。写真の純粋な力を信じ、諦めていない。そういう姿勢を感じました。

 

松崎:

読者の想像力を引き出し、その想像力で完成させる写真のような気がしました。それは作品自体が持つ懐の深さなのか、狙いが非常にしっかりしてるのか、ちょっと僕には分からないのですが。

 

青山:

自分の興味のあるものを撮っているから、ここまで強い作品になると思うんですよ。先ほど、今しか撮れない写真だと話しましたが、10年後にはもう絶対に撮れない。だからこそ、今応募してもらって、今見せてもらったことに意味があると思うんですよね。

 

「青春の幕引き」RYOSIKI

 

 

 

印象に残った作品

 

青山:

大野晴山さんの「俯瞰で観る空の玄関口」は本当にすごかったです。普通の人には絶対撮れないですよね。あのクオリティとあの量で…。

 

松崎:

他の審査員の間でも話題になっていました。最初はうまく撮れなくて…という苦労話も、ご本人が書かれていましたね。

 

「俯瞰で観る空の玄関口」大野 晴山

 

青山:

ちょっと狂気を感じました。同じテーマの作品や本が既にあるとしても、ここまでハイレベルで統一感のあるものは他にないのではないでしょうか。構図もかなり完璧なので、計算しているのかそうではないのか、完璧な構図のためにどれくらい待っているのか、など色々気になりました。

 

松崎:

ちょうど上空にいるときしか撮れないわけですから、そのときどういう形をしてるかは読めないわけですよね。これはある意味、不思議なドキュメンタリーですよね。

  

「俯瞰で観る空の玄関口」大野 晴山

 

 

松崎:

僕は、鈴木拓哉さんの「size of jupiter」が青山裕企賞に選ばれるのではないかと予想していました。

 

青山:

この作品の、メジャーで距離を示すというアイデアは非常に良かったです。

それぞれの写真にキャプションで「何cm」と距離が書かれている。ぴったりくっついてるけど「2m」と書かれたものもありますし、実際の距離、心理的な距離、色々な距離を表わしているのだと思います。そこから想像できることも沢山あり、面白い視点で撮っているなと感じました。

ただ、メジャーの要素が無くても写真そのものが良いので、どこまでこのアイデアを使うか、というさじ加減ですよね。

 

「size of jupiter」鈴木 拓哉

 

松崎:

人がふたりいるとき、そのふたりの関係性や距離感をつい知りたくなってしまったりしますよね。この作品は、その心理を逆手に取っているような気がします。距離が書かれていることによって、見え方も変わるのが面白いですね。ひとつの発明のような気がします。

 

青山:

撮る人が、お互いを仲良く見せるために「もっと寄ってください」「こういうポーズをしてください」と言うことがありますが、それはモデル本人たちからするとまったくのフィクションになるんですよね。なので、細かく指示しているのか、極力何も言わずに撮っているのか、どういうふうにこの距離になったのかも気になります。演出しすぎてしまうと、ちょっと演劇っぽくなってしまうんですよね。この作品の場合は、キャプションも淡々と書かれていますし、ちょうどいいなと思います。もっともっと撮っていくうちに、メジャーではなくなってくるかもしれないですし、これからの作品も楽しみです。

 

「size of jupiter」鈴木 拓哉

 

青山:

撮影ガイド・教本部門の作品についても話しましょう。この部門の作品は、どれも完成された本のようで読み応えがありました。その中でも特に印象に残ったのは、トモカズムカイさんの「ムカイ式子ども写真の撮り方」です。

前半の撮り方の紹介も面白いですが、とくに後半の、生まれる前、生後数ヶ月、1歳、2歳と成長の過程をずっと追っているパートが良かったです。生後1ヶ月と2歳、5歳の子どもだと、言葉が理解できる・できない、歩ける・歩けない、などの違いもあったりして、撮るときのコミュニケーションも全然違うので、年齢ごとにコツを紹介するというコンセプトはすごくいいなと思いました。

今、ちょうど私も年齢別の子どもの撮り方の本を作っているので、とてもタイムリーな作品でした。

 

「ムカイ式子ども写真の撮り方」トモカズムカイ

 

 

 

次に出会いたい作品

 

青山:

今まで沢山の写真を見てきましたが、今回の審査を通して、まだまだ見たことがない写真ってあるんだな、と改めて思いました。

例えば、今回の応募で、藤本明子さんの「NO TANIKU, NO LIFE.」という作品がありましたが、多肉植物のマニアだったら見たことがある写真でも、そうでない人にとってはすごく新鮮だったりします。

イメージが溢れている時代ですが、やっぱり、自分の「好き」やこだわりを追及することで、他人にとっては新しかったり珍しかったりするものを、まだまだ見せられるのではないかなと思いました。

今回の大賞作品もそうですよね。鉄道が本当に好きじゃないと撮れない写真だと思います。

そういう、「なんか分からないけど、気づいたら撮りに行っていた」というような写真や作品は、成功する可能性が高いと思います。だから、「なんか撮っちゃう」「休みの日になると行っちゃう」「気づいたら撮りに行ってた」を突きつめてください。

最初にも話しましたが、シャッターを切れば撮れるのだから、撮る人自身のこだわりや狂気で、他の人に差をつけてほしいです。

 

「NO TANIKU, NO LIFE.」 藤本 明子

 

 

 

 

 

 

 

《 青山さんに聞いてみた 》

 

審査について話を聞いたあと、写真出版.comより青山さんに「本を出版すること」「写真家として活動すること」についていくつかインタビューしてみました。

今後の創作活動の参考に、ぜひこちらもご覧ください。

 

 

 

 

本を出版するということ

 

写真出版.com:

写真出版賞の特徴は、出版のチャンスがある写真コンテストだということです。自分の作品を紙の本として出版する魅力やメリットは何だと思いますか?

 

青山:

今、本を作るのは本当に簡単で、フォトブックのサービスを使えば、パソコンやスマホで写真を選んで1冊数百円で本が作れますよね。

そうした本と紙の本を出版することの違いは、自分だけではなく、写真を一緒にセレクトしてくれる編集者さん、デザイナーさん、そして印刷会社の皆さんなど、さまざまなプロフェッショナルが関わって1冊の本が完成すること。さらに出版社の営業の方、書店の方など、さまざまな人の力が合わさって読者に届くということです。

だからこそ大変で、だからこそ学びがあり、いい本になる。それは間違いないです。

僕自身も、フォトブックではなく全国の書店に並ぶ本を作ったことで、多くの人に自分の写真を見てもらえるようになりました。自分でも作れますが、自分で作って手売りするのはやはり限界があるので…。

写真をずっと続けていきたい人にとっては、書店に置かれる紙の本を出版することを、ひとつの目標にするといいと思います。

 

写真出版.com:

出版によって多くの人に写真を見てもらえるようになったとのことですが、どんなときにそれを実感しますか?

 

青山:

10年前に出した自分の本をふらりと立ち寄った本屋で見つけたり、イベントなどでお会いした方に「あの本、持ってます」と言ってもらえたり、時を越えて思わぬ人や場所に届いているのを知ることが多々あります。

今は本を出すよりSNSでバズってインプレッションを増やしたほうが沢山の人に見てもらえると思っている方もいると思います。たしかに本は、ウェブのような瞬間的な広がりは少ないかもしれませんが、その代わりに長いあいだ残ります。確実に人に届き、伝わり、残ります。

あと、ISBNという国際規格の図書コードを発行して出版すると、国立国会図書館が、つまり国が自分の本を保存してくれるんですよ。後世に残したいなら、紙の本の出版が確実な方法だと思います。

これだけ時代が進化してもまだ出版が残っているということは、本じゃないと伝わらないものがあるからです。本の中でもとくに写真集や絵本は、電子より紙のほうが伝わると個人的には思っています。

 

写真出版.com:

出版した後、どのような活動をしたら自分の書籍を広めることができますか?

 

青山:

先ほども言いましたが、本の良さは長く残せるということです。末永く売り続けることができるので、出版してから何年経っても、継続的にイベントや展示をやって盛り上げていくのがいいと思います。

出版は華やかに見えるかもしれませんが、実際にすることは1冊ずつ地道に売っていくことなので。実際は出版より出版した後に何をするかのほうが大事ですね。

 

写真出版.com:

青山さんも地道に活動しているのですか?

 

青山:

そうです。やっぱり、作った本人が宣伝して売るのが、いちばん売れるので。みんなそんなに時間もないし、自分のことは自分で汗をかくしかないと思います。

 

 

 

 

写真家として生きる

 

写真出版.com:

最近はどのような活動やお仕事をしていますか?

 

青山:

作品を作ることが中心ですね。『ソラリーマン』『スクールガール・コンプレックス』『少女礼讃』という3つのシリーズを撮って、それに関連する展示、イベント、出版のために活動しています。あとはグラビアや雑誌の仕事で芸能人の方を撮ったりすることもあります。

作品も仕事にも共通しているのは、人を撮るということですね。

 

写真出版.com:

現在のように写真家として活躍されるまでに、どんな道のりがありましたか?

 

青山:

今はもう終了してしまったのですが、 キヤノンの写真新世紀というコンテストがあって、それに応募して賞をいただいたことで、写真業界の方を中心に多くの方に知っていただけたと思います。

あとは年1回ほどのペースで定期的に個展をやっていて、そこで少しずつお客様が増えていきました。

でも、やっぱりいちばんのインパクトは出版だったかもしれません。写真新世紀は写真出版賞のように出版に直結する賞ではなかったのですが、編集者の方が個展を見て「写真集を出しませんか」とオファーしてくださったんです。写真集を出すことが夢だったので、嬉しかったですし、すごくありがたいと思いました。

 

写真出版.com:

いちばん最初に出した本について教えてください。

 

青山:

1冊目に出したのは『ソラリーマン』という写真集です。売れるのか? というのが議題にあって、そんなに期待されていなかったのですが、ラッキーなことに、発売後にいくつかのテレビ番組に取り上げていただいて、そこから一気に広まりました。

2冊目の『スクールガール・コンプレックス』は、『ソラリーマン』とはまったく作風が違うので、1冊目の成功の積み重ねで出版に至ったわけではないのですが、それはそれで発売数日後に話題になって、ブログやメディアで取り上げていただいたりしました。

 

写真出版.com:

そうした出版や仕事のチャンスを得るために、自分から営業活動はしましたか?

 

青山:

自分の写真を雑誌に取り上げてもらうために出版社に連絡したり、個展のDMやメールを送ったりはしました。今の時代はSNSでバズったりフォロワーが増えれば人の目に止まることがあると思いますが、当時はそういう時代ではなかったので。写真をやっている人の数ももっと少なかった気がします。

今は多分、当時以上に「本を出したい」という営業活動は難しい気がします。なかなか本は出せないと思います。

ただ、自分でお金をかけていい本を作ってネットで売るというインディーズのような活動方法もあるので、それはそれで悪くないと思います。数百円で作れるフォトブックもありますが、妥協のないものを作るには、ある程度お金をかけたほうがいいです。

とにかく撮り続け、発表し続けるしかないと思います。そこからしか道は開けません。

 

写真出版.com:

話を聞かせていただき、ありがとうございました!

 

 

 

 

以上、第10回写真出版賞の特別審査員を務めた青山裕企さんと審査員を務めた松崎義行さんのお話でした。

第10回で受賞したすべての作品の情報は、こちらの結果発表のページをご覧ください。