インタビュー記事
2024/01/20
元プロボクサーで、今は地元で理容室を営みながら宇都宮の街を撮り続けている写真家の船見征二さん。
コロナ禍の宇都宮を2年間撮り歩いた作品が第6回写真出版賞で大賞を受賞し、その後、写真集『鳩と烏と』を刊行しました。
発売から1年、見慣れた景色の内側を映し出すような作風が話題を呼んでいます。
『鳩と烏と』表紙
『鳩と烏と』より
「SNSで全然いいねがつかないんですよ」という船見さんの写真は、たしかに“映え(ばえ)”とは真逆のもの。
写真出版賞の審査員たちも、この作品に対して「不穏」「心がざわざわする」という言葉を賞賛として使っていたのが印象的でした。
船見さんの写真は、キラキラしたSNSに疲れてしまった人や、綺麗なものだけではなく世界の奥をもっと覗き込んでみたい人たちの心に響くもの。
カメラを手にした日から一貫してそんな写真を撮り続けている船見さんに話を聞きました。
エフエム栃木「愉快なラジオ」出演時の船見征二さん(左)
― 写真集にも書いてありますが、元プロボクサーというのがユニークな経歴ですね。
中学生のときに辰吉丈一郎に憧れてボクサーになりたいと思うようになりました。高校3年生でプロになって、それからずっとボクシングをやっていたのですが、なかなか世界チャンピオンになれないし、腰を痛めて身体も悪くなってきたので、10年ほどで引退しました。
実は、ボクシングをやりながら理容師の資格もとっていたので、引退してからは両親と一緒に理容室をしています。
― グローブとハサミってすごい二刀流ですね(笑) 写真を撮りはじめたのはいつ頃ですか?
ちょうどボクサーを引退した頃に結婚したのですが、新婚旅行の前に妻がカメラを買ってくれたんです。旅行先で写真を撮ってみたら、すごく面白くて。帰ってきてからも撮るようになりました。
もともと、父が写真クラブに入っていたこともあって、小さい頃からカメラは身近にあったんです。撮ってはいませんでしたが、写真を見るのは好きでした。
― 写真をはじめる伏線がいくつかあったんですね。
そうですね。そして、撮っていくうちにもっと上手くなりたいという気持ちが強くなっていきました。
結婚して1年後に子どもが生まれたのですが、子どもの写真をコンテストに応募したら入賞したんです。大きな賞ではなかったですが、自分が撮った写真が飾られたのを見て、そこで何かまたひとつスイッチが入ってしまった感じですね。さらにどんどん撮るようになりました。
コンテストにも応募してだんだん雑誌とかにも写真が載るようになってきて。2018年にはある賞の年間優秀賞に選ばれて、東京の京橋のギャラリーで個展をさせてもらったこともあります。
『鳩と烏と』より
― 昨年刊行した写真集『鳩と烏と』の写真はいつ頃から撮りはじめたのですか?
コロナになって、緊急事態宣言が明けてから、もう人はいるのかな?と宇都宮の街に出てみたのがきっかけです。
それまでは動物や花などバラバラで色々なものを撮っていたのですが、そこから宇都宮の街のスナップを撮りはじめました。
カメラを持っていると、普段は通り過ぎてしまうようなところで足が止まるんですよね。そんな街を撮る面白さに気づきました。
― 審査で「不穏」「心がざわざわする」というコメントが出ていましたが、そうした作風はもともとだったのでしょうか?
そうですね、ずっと同じようなトーンかもしれません。ぱっと明るい作品はあんまりないですね。もともとの性格なんだと思います。
― コロナによって、というわけではなかったのですね。
そうですね。コロナはあくまで街をとりはじめたきっかけだったという感じです。
― 写真出版賞への応募のきっかけは?
淡々と宇都宮のスナップを撮り続けていたら、ある日、街のホテルから出てくる男女を見たんです。ホテルの入口を見ると、ほぼ部屋が埋まっていたんです。コロナ禍に。
驚いて、色々と知り合いに聞いたりネットで調べたりして、この街には、自分が知らなかった、いかがわしい日常もあるのだということを知りました。
今撮っている街のスナップにこのテーマを加えたら、何かひとつにまとまると思ったんです。それで、女性の写真も撮りはじめました。
その後、ネットで写真出版賞を見つけて、大賞になったら本が出せると書いてあったので、これはもしかしたら…と思って応募しました。
― それで本当に大賞になったんですね。
やっぱり結果通知が届いたときはびっくりしましたね。やった! という感じですよね。
『鳩と烏と』より
受賞後、出版社との顔合わせにて
― その後、本の制作過程で何か印象に残っていることはありますか?
写真はずっと撮ってきましたが、本のつくり方はまったく知らない素人だったので、餅は餅屋だと思って、編集者さんとデザイナーさんにほぼお任せしました。
だから、たまにメールで意見を聞かれて、それに対して答えるくらいしか僕はしていません。
だんだん本が出来上がってくると、ここに文字が入るんだ、とか、こういう表紙になるんだ、とか、毎回驚きがありました。
写真自体は僕が撮ったものだけど、そこに新しい視点が加わって想像を超えていく感じ。それがすごく楽しかったです。すごくいい経験ができたと思いますね。
― 編集者やデザイナーの判断に、それでいいのかな、と思って意見を言うことはなかったのですか?
なかったですね。編集者さんもデザイナーさんも写真集の制作を沢山してきている方なので、やりとりのなかで、やっぱりわかってるんだな、わかった上でやっているんだな、と思うことが多かったので。今回は本をつくるのが初めてだったので、それで良かったと思います。
― 出来上がった本を初めて手にとったときの感想は?
初めて本を手にとったときに、本に使われている紙がページによって違うことに気づきました。編集者さんに確認したら、「紙を3種類使っています」と言われて、これはすごいなと思いました。
紙によって写真の見え方もページをめくる手触りも違うし、読む人がページを進めるのが楽しくなるような仕掛けだなと。すごいな、こんな発想があるんだ、と感動しました。
『鳩と烏と』より
― それは本当に、紙の本ならではの仕掛けですね。出版後はどうでしたか?
やっぱり本屋さんに本が並んでるのを見てジーンときましたね。これが全国の書店にあるのかと思うと…。
地元の本屋さんを巡ったときに店員さんに「これを撮られた方なの?」と驚かれたり、地元の新聞やラジオで紹介してもらったり、宇都宮では色々盛り上げていただきました。昨年10月には個展もさせてもらって。
― 本の内容への反響は届きましたか?
地元の人から直接聞く感想やSNSにアップしていただいている感想を見ると、よく評価してくださっている方が多くて、ちょっと安心しました。自分はこういう写真を撮っていていいんだな、みたいな。
言葉少なめでとにかく写真を見てもらうという写真集のわりには、見る人にそのまま伝わっている気がして、すごく嬉しいです。
本当にずっとひとりで写真を撮ってきて、周りは僕の活動を知らない人が多かったので。本を出してからそれが周りに広がって色々声がかかることも増えたので、その変化をすごく感じています。
2023年10月に行った個展「からまで」の様子
― 現在の作品制作やこれからやってみたい表現について教えてください。
今もスナップを続けているのですが、撮った写真をコラージュして重ねるというシリーズをつくっているんです。
― 写真を重ねはじめたのはどうしてですか?
今まで撮った写真を見ていたら、過去って一瞬一瞬の重なりでできているんだよな、ということを改めて思いました。
その自分の中の記憶の渦をイメージしたときに、すごい安直な作り方なのですが、コラージュするというのがぴったりきたんですよ。
そのコラージュの作品をIMA nextに応募して賞をもらったので、自分のなかで安心してゴーサインを出しました。今年はちょっとそれを作りながらスナップを撮っていこうかなと思ってます。
IMA nextのショートリストを受賞した作品「重時渦(じゅうじか)」
― 最後の質問です。こうなっていたい、という将来のイメージはありますか?
理容室をやりながら写真を撮って発表して、たまに写真撮影の依頼も受けたりして。そういうのを続けながらおじいちゃんになっていきたいですね。
写真はずっと続けていけるものですからね。続けていくなかで、賞に出したり展示や出版もしていきたいと思います。
― 写真でビッグになるというよりも、人生の一部に写真があるようなイメージでしょうか。そこから生まれてくる次の表現も楽しみにしています。今日はありがとうございました!
写真家。1980年生まれ。栃木県宇都宮市在住。1998年からプロボクサーとして活動。2008年に引退、そして結婚。妻にカメラを買ってもらったのを機に写真を撮り始める。国内外でいくつかの賞を受賞。個展に「船見征二写真展」「A quiet glow in the dark」「からまで」がある。Website / Instagram / X
タイトル:鳩と烏と
著者:船見 征二
価格:1650円(税込)
判型:A5判横 112ページ オールカラー
発売日:2023年1月12日
出版社:みらいパブリッシング
ISBN:978-4-434-31438-4
購入:書店 / Amazon / Yahoo!ショップ