インタビュー記事
2024/01/27
人の脳は、くだらないものや楽しいものを見ているとき、争いごととは無縁の“平和”な脳波になるそうです。
そう考えると、この本の存在は、平和な世界をつくるカギになると言っても過言ではありません。
『角栄さん 楽しいスナップ撮れました?』は、写真と言葉で街の一瞬を切り取り、人をクスッと笑わせる。そんなハッピーな空気に溢れた写真集です。
『角栄さん 楽しいスナップ撮れました?』より
作者の春日角栄さんの別名は「スナップふきん」。
スナフキンのように、出身の福岡から東京、名古屋、京都、大阪、金沢、山形など全国各地を気の赴くままに放浪しながら、スナップ写真と言葉で表現活動を続けています。
そんな春日さんに、放浪と創作について、また、第6回写真出版賞の受賞から出版に至るまでの話などを聞きました。
写真家 春日角栄さん
― 写真集の発売から1年ほど経ちますが、現在はどのような生活や活動をしているのですか?
今は山形に住んでいるのですが、山形の街を色々撮り歩いてSNSにアップしたりしています。SEやライティングの仕事もしているのですが、それらが忙しいときはどうしても写真のことが疎かになってしまうのが残念なところです。
写真集を出してから、若干自分の好みが変わりつつあって、その部分をどうやって表現していこうかな、と思案しているので、今はちょっと過渡期にあります。
― 好みの変化がありつつも、街のスナップを撮るというスタイルは変わっていないのですね。
そうですね。知らない街を歩くとワクワクして、そこにカメラを持っていくと、本当にテンションが上がってしまうんです。写真を撮るというよりも、その街の一瞬の状態を切り取るのが好きです。
今は山形にいますが、またしばらくしたら別のところにフラフラ移動しようかなと思っています。ちょっと放浪癖があるので…。
― 本当にスナフキンみたいですね。なぜ放浪を続けているのですか?
地元は福岡の博多なのですが、仕事が数年ごとにプロジェクトベースで各地を移動する生活だったので、そのなかで色々なところに住む面白さを知ったのかもしれません。今はリモートワークなので、仕事は関係なく自分の好きなところに住んでいます。
知らない土地で、どこに何があるのか全然分からない、というドキドキする状況がすごく好きなんです。だんだん見慣れてくると、停滞してきたと感じてしまいます。
飲食店も、行きつけの店をつくるより新しい店を探すのが好きです。
『角栄さん 楽しいスナップ撮れました?』より
― 放浪することで常に新鮮な視点を保っているから、ユニークな瞬間を捉えられるのかもしれないですね。もともと写真を撮りはじめたきっかけは?
中学生のときに、父親が持っていたオリンパスのフィルムカメラを譲り受けたのがきっかけです。街中をパシャパシャ撮っているうちに、当時の小遣いをすべてフィルムや現像代につぎ込むくらいハマりました。その頃、周りの同級生はファミコンに熱中していたので、ちょっと変わった感じの子だったかもしれません。
そのカメラ熱が、高校進学から30代になるまでは一旦収まって、だいぶ間が空くんです。30代になって京都に住みはじめたときに、街並みも面白いしイベントも豊富で、毎日何かしら楽しかったんです。ふと、カメラのことが思い出されました。それで一眼レフを購入して撮り歩きをはじめたら、またちょっと仕事をサボってでも撮りにいくくらいハマってしまって、ウェブサイトやSNSの投稿もはじめて、現在に至るという感じです。
― そうした活動のなかで、写真出版賞に応募しようと思ったのは?
写真出版賞の方からXで賞のご案内の連絡をもらって「出せたら出します」という感じだったのですが、その後も何度かメッセージをいただいて、そこまで連絡していただけるなら出そうかなと、締切直前に応募しました。実は応募写真の選択と編集作業をしているときに新型コロナウイルスに感染していて40度ぐらいの高熱が出ていたのですが、結果的に受賞できたので、それが逆に良かったのかもしれないですね。朦朧としていたので、宇宙の意思とつながってしまっていたかもしれません(笑)
『角栄さん 楽しいスナップ撮れました?』より
― 賞の結果を知ってどう思われましたか?
奨励賞をいただいたのですが、「そうなのか~」というニュートラルな感情でした。大賞でも落選でもないので、すごい!と自分に言ってあげればいいのか、残念だったねと言ってあげればいいのか、分からないもどかしさがあったんです。
でも、改めて歴代の受賞者の作品を見てみると、個性的で他の賞では見ないような作品が多くて、自分の作品も万人受けするわけではないので、そこを評価してもらえてうれしい、相性のいい賞と巡り合えて良かったな、という気持ちがだんだん芽生えてきました。
― 受賞後、『角栄さん 楽しいスナップ撮れました?』を出版されました。出版しようと思った決め手は?
出版社と面談したときに、出版社の方に「作品には撮った人の人柄や今まで積み上げてきたものが現れます」と、作品を評価する言葉を沢山いただいたんです。
自分の作品を本にするというのは、恥ずかしさもあったのですが、なかなか周りにそんな人もいないし、このチャンスを逃したら後悔するのではないかと思いました。それで、「人生やったもん勝ち」「恥はかき捨て」という気持ちでチャレンジしてみることにしました。
― 出版にあたって、クラウドファンディングにも挑戦されていましたね。目標金額も達成されて、すごいですね。
目標金額は低めに設定していて、支援してくれたのも知り合いが多かったのですが、お金を集めようというより、それをきっかけに本の宣伝もできればいいなと思ったのでやりました。自分の担当になった出版社の編集者さんから他の作者さんの事例を聞いて、ちょっと経験としてやってみたいなと思ったんです。
― クラウドファンディングのページを見ると、編集者さんと二人三脚で本の制作を進めていったことが臨場感たっぷりに感じられました。実際の制作はどうでしたか?
そうなんですよ。編集者さんにも恵まれて。恵まれまくりなんですよね。
制作は、編集者さんと意見を交わしながら進めていきました。話し合うなかで、だんだん、いわゆるアートな写真集ではなく春日さんらしいバラエティな写真集にしよう、ということでコンセプトが固まってきました。
― Amazonのレビューでは「ギャグマンガみたい」という感想がありました。なかなか写真集では聞かない感想ですよね。
そうですね。やっぱり、写真に言葉が入っているのが特徴だと思います。たとえば、こういうふうに「彼氏は家においてきた」と書いてあると、家で寂しそうにカップラーメンをすすっている彼氏のイメージが浮かんできたりしませんか? そういう写真と文言の融合で楽しんでもらえる1冊になっていると思います。
『角栄さん 楽しいスナップ撮れました?』より
― 言葉はすべて春日さんご自身が考えたのですか?
はい。私が考えたものに編集者さんがチェックを入れてくれました。
― 言葉は、撮るときにもう頭に浮かんでいるのですか? それとも後から考えるのですか?
それ、色々な人によく聞かれるんですよ。撮ってるときに決めるのもあるし、撮った日の帰り道に決まるときも、お風呂に入ってるときに出てくるときもあります。本当に色々です。
― 写真は2010~2022年の間に撮った約2万枚から選定したそうですね。大変な作業だったのではないですか?
はい、大変でした(笑) 昔と今では色の表現の仕方が違ったりもして…。一度2000枚くらいに絞って、さらに200~300枚に絞って、編集者さんに見てもらって、というのを繰り返して、半年以上かかりました。
― 気の遠くなるような作業だったのですね。文字のフォントも写真ごとに違っていて、かなり凝っていますよね。
はい、デザイナーさんが色々と工夫してくれました。とくに表紙や見開きの写真は、何案か出してくれたんですよ。
表紙のデザイン案の一部。左は「攻め過ぎている」という理由でボツになったそうです
― それまで紙の冊子や本をつくったことはあったのですか?
一度もなかったんです。家にプリンターもないですし。なので、まったく自分の知らない世界でした。
印刷用のデータが完成した後、デザイナーさんと一緒に、東京の亀戸にある上野印刷所に、刷り出し(本番の印刷前に色合わせなどの調整を行う準備印刷)を見に行ったんですよ。実際に印刷の様子を見て、色の調整を担当する方ともお話しすることができたので、すごく面白かったです。
今まではパソコンの画面上にある写真をただ見ていただけだったのですが、それを紙に落とし込むとなると、色の調合や紙の質によって全然見え方が変わると知って、本当に驚きました。
― 逆に、もっとこうすればよかった、思っていたのと違った、ということはありますか?
出来上がった本を見ると、見開きの写真の中心部分が、本の綴じ目(ノド)によって隠れてしまうことに気づいたんですよ。手でぐっと押して綴じ目を開けばちゃんと見えるのですが、本を傷つけないために綴じ目を開かない人もいると思うので、そこは気になるところでした。だけどそういうところも含めて本の面白さですよね。
― そうですね、本ならではの考えどころですね。記事に、本を買ったら綴じ目を開いてください、と書いておきますね(笑)
あと、この本が書店さんに置かれる場合、写真集や芸術のコーナーに置かれることが多いんですね。でも、アートや芸術写真を求める人がこの写真集を見つけても、探しているものとマッチしないんじゃないかと…。それよりも、何か楽しいことはないかな、と探しているような人の目にとまる場所に置いてくださるとマッチ率がアップするのではないかと思います。
書店さんに置いていただいているだけでも有難いのに、売り場への口出しなんて恐れ多いですよね(笑) でも、ヴィレッジヴァンガードのようなバラエティに富んだ本を扱う場所と相性が良いような気はしています。
― そうなんですね。これから少しずつでも、届いてほしい人のところに届くようになっていったらいいですよね。書店の担当者のみなさま、この記事を読んでいたら、ぜひ他のコーナーに置くことをご検討ください! 出版後のことをもう少し聞きたいのですが、本の内容への反響はどうでしたか?
家族や知り合いだけではなくSNSでも評価してくださる言葉をたくさんいただき、本当に嬉しくありがたく思いました。
一方で好意的でない評価をしていただくことも一定数あり、落ち込んだりもしたのですが、出版プロデューサーの城村典子さんがXやYouTubeで「どんな作品をつくっても批評はあります。嫌われる勇気を持ってください。10人いて1人が批評的なら、その批評にとらわれず逆に9人の好意に感謝してください」と仰られていて、それに励まされました。
『角栄さん 楽しいスナップ撮れました?』より
― 春日さんは全国を転々としているだけあって、さまざまな地域のメディアに取り上げられていらっしゃるのも印象的でした。
そうですね。エフエム石川のラジオにゲストに呼んでいただいて生放送に出演させていただいたり、金沢と福岡の情報誌で本を紹介していただいたりしました。
― 出版という初めての経験を通して、何か気づきや変化などはありましたか?
ひとつの出版で本当にたくさんの人達が関わっているんだなと思いました。作品をつくる人がいて、作品を審査する人がいて、編集する人がいて、出版する人がいて、それを広げる人がいて。それぞれの役割があって仕事がある。今まで関わることのなかったような方とも出会い、みなさんに助けていただきながらひとつの作品ができました。本当に感謝しています。
その中でふと、人それぞれ自分に合ったぴったりの役割って違うのだろうなと思いました。たとえば、作品をつくるのは苦手だけど編集をすることは得意で自分に合っているとか。だから「仕事が出来る・出来ない」と世間で言われている評価は意味がなく、自分にぴったり合う場所(仕事)を見つけられるかが大事なのではないかなと思いました。
スナップふきん君(自分)はぴったりの場所にいれているのだろうか(笑)
エムエム石川「MOVE」出演時の様子 / 書店に並ぶ本
― それは…出版を越えた、とても根源的な気づきですね。みんなが自分の能力を生かせる場所にいたら、自然と良いものづくりや良い仕事ができそうですね。最後に、将来こんなふうになっていたい、というイメージがあれば聞かせてください。
ライフスタイルとしてはこのようなスナフキン的な転々とする生活を続けていきたいです。キャンピングカーが住処でもいいくらいなんです(笑) そして、日本でも海外でも、行った先の街の写真を撮り歩いて、お酒を飲んで。そういうのがワクワクしますね。
― 放浪と写真。それをこれからも続けていくのですね。次はこの記事を読んでいるだれかの街に春日さんが現れるかもしれないですね。今後の旅路とご活躍を楽しみにしています。
福岡県博多生まれ。第6回写真出版賞バラエティ部門の奨励賞を受賞。中学生の時、父親からオリンパスのフィルムカメラを受け継いだことから写真に興味をもつ。ペンネーム「スナップふきん」「カスガマサト」の名前でSNS・ブログなどでバラエティーなスナップ写真を表現してきた。Website / Instagram / X
タイトル:角栄さん 楽しいスナップ撮れました?
著者:春日 角栄
価格:1540円(税込)
判型:A5判 80ページ ソフトカバー
発売日:2023年2月13日
出版社:みらいパブリッシング
ISBN:978-4-434-31458-2
購入:書店 / Amazon / Yahoo!ショップ