インタビュー記事
2024/04/09
嫌われ者のイメージが強いカメムシをこよなく愛し、全国各地を何万歩も歩いて追いかけ続けているひとりの写真家がいます。
それが工藤清さん。
昨年、116種類のカメムシをドラマチックな写真とユニークな文章で紹介するビジュアルガイド『恋する屁こき虫』を出版しました。
『恋する屁こき虫』より
図鑑並みのクオリティに加え、ニオイを1~5段階で評価したり、特別ふろく「昆虫観察シート」がついていたりと、ディープなカメムシの世界を余すことなく堪能できるこの1冊は、子どもから大人まで幅広い世代で話題を呼び、全国学校図書館協議会の選定図書にもなりました。
一体どうしてそんなにカメムシを愛しているのか。
そして、生き物の写真や本を通して世の中に伝えたいこととは?
SNSのアカウントを持たず、謎のベールに包まれた工藤さんに話を聞いてみました。
写真家 工藤清さん
― 最近まで石垣島に行っていたと聞きましたが、どのような目的で行かれたのですか?
石垣島や西表島に、鳥と昆虫を撮影しに行きました。1日に15000~19000歩は歩いたと思います。石垣島は今回で3度目だったのですが、世界自然遺産に登録されていて、気候も台湾に近いので亜熱帯から熱帯で、鳥や昆虫など色々な生き物が生息しているため、魅せられているんです。カンムリワシとか本州ではなかなか見れないような鳥が無数にいますね。今回も、絶滅危惧種の鳥を見つけて写真を撮ることができました。
― 想像以上に本格的なフィールドワークをされていて驚きました。
雨が降らなければほぼ毎日、外に出て何万歩も歩いています。奈良に住んでいるのですが、全国各地、遠征もします。カメムシだったら和歌山、鳥だったら山口とか。自宅にいるときは、パソコンで撮った写真を整理したり本のような形にまとめたりしています。
『恋する屁こき虫』で紹介されている「ナナホシキンカメムシ」「ミカンキンカメムシ」は石垣島のバンナ公園で撮影された
― 工藤さんの著書『恋する屁こき虫』を読み、カメムシへの並々ならぬ愛と、写真に凝縮されたドラマチックな瞬間の数々に圧倒されました。カメムシに興味を持ち、写真を撮りはじめたきっかけを教えてください。
広告代理店でクリエイティブディレクターの仕事をしていたのですが、リタイアしたあと、大阪城公園のそばに小さな個人事務所をつくったんです。昼食後に気分転換や健康維持のために公園内を散歩しはじめたのですが、そこで沢山のバードウォッチャーに出会い、仲良くなりました。彼らを通して、季節ごとに公園で見られる鳥が変わっていくことに気づき、それを記録したいなと思って写真を撮りはじめました。鳥からだんだん虫にも興味がわいてきて、虫も撮りはじめました。
― 昔から生き物が好きだったのですか?
いえ、子どもの時はただ遊びの対象として見ていただけでした。大人になってからの好奇心のほうが深いです。本当に、昆虫や鳥から学ぶことや発見が多いですね。
工藤さんがカメムシにハマるきっかけとなったのが、背中に黄色いハートマークのある「エサキモンキツノカメムシ」との出会いだった
― 瞬間を凍結したような写真のクオリティが圧巻なのですが、撮影法はどのように学ばれたのでしょうか?
芸術大学に通っていたので、当時、写真の授業を受けたりフィルムで撮ったりもしていましたが、広告代理店に入ってからはプロのカメラマンの方がいたため、自分で撮ることはありませんでした。鳥や虫を撮りはじめてからは、数打てば当たるというか、本当に失敗の繰り返しで、捨てた写真が大量にあります。経験を積んで、だんだん撮り方を見つけていきました。
― 撮影のこだわりはありますか?
僕は、できるだけ、昆虫や鳥の“生活”を撮りたいと思っています。だから、ずっと観察して、次にどういう動作するか予測しながら撮っています。今はこちらを警戒してるだろう、食事や何かに夢中になってるだろう、仲間と遊んでるだろう、というのを観察して、できるだけ警戒心をゆるめているところを狙って撮っています。そういうのも、撮っているうちにだんだん分かるようになるんです。
『恋する屁こき虫』より
― 本の出版のきっかけとなった写真出版賞に応募した経緯を教えてください。
東京に住んでいる孫や子どもたちに見てもらうために、鳥と昆虫の写真をまとめた本を3冊つくっていました。そんなときに、たまたま公募サイトでこの募集を発見して、鳥の本とカメムシの本を2冊応募しました。結果、受賞したのは鳥の写真をまとめた「色鳥鳥」でしたが、出版社の方と面談で話し、カメムシの本を出版することになりました。
― なぜ受賞した鳥の本ではなくカメムシの本を出版することになったのでしょうか?
出版社の社長と社員さんに、出版するなら鳥よりカメムシの本のほうがいいのではないかと僕のほうから相談しました。そのほうが、子どもたちにとってもとっつきやすく、上から目線にならずに自然の大切さなどを伝えられるのではないかと思ったからです。
また、鳥の本はたくさんあるけれど、カメムシの本は図鑑以外では少ないので、多くの人が一生見ることがなかったかもしれないカメムシの姿を、ぜひ見てほしいと思ったからです。
― カメムシを通して伝えたい自然の大切さとは、どのようなことでしょうか?
生き物の写真を撮っていると、どんどん昆虫や鳥の個体が減ってしまっていることに気づくんですね。温暖化によって、昔は日本にいなかったはずの生き物が繁殖して、生態系が変わったりもしています。小さな生き物ほど自然環境の変化に弱いのです。今いる生き物がこの先も見られるとは限らない、今のうちに見ておかないといけない、ということを感じています。
電車などで大人も子ども憑りつかれたようにスマホやゲームに夢中になっているのを見るたびに、リアルの世界の不思議さや素晴らしさ、そして変化にもっと興味を持ってもらいたいと思うんです。足元や空を見れば、そこにもおもしろい世界が広がっているので。
『恋する屁こき虫』より
― そんなメッセージが詰め込まれているのが『恋する屁こき虫』だと思うのですが、タイトルでも本文中でも印象的な”恋”というキーワードはどのように出てきたのでしょうか?
僕が自分で本をつくっていた段階の文章は真面目でアカデミックな話が多かったのですが、編集のミーティングのなかで、僕の熱弁から“カメムシ愛”が伝わったのか、「愛の」「恋する」というキーワードが出てきて、そこから全面的に本をつくり変えることになりました。子どもには少し刺激的で大丈夫かな? とも思いましたが、ちょっとおませな子どもやヤング層にはおもしろがってもらえると思い、ギリギリのところでつくりました。
― カメムシをあえて「屁こき虫」と呼ぶのもおもしろいですね。
出版社の社長さんや編集者さんとお茶を飲みながら話しているときに、「屁こき虫」のほうが「恋」という言葉とのギャップがあっておもしろいのではないか、という話になって、ちょっとチャレンジしよう、ということになりました。
― 他にも「歩く宝石」「森の貴公子」などのキャッチコピーや、「昆虫観察活動」を「コンカツ」と呼んだりと、遊び心に溢れていますが、そうした言葉はだれが考えたのですか?
基本的な文章はすべて僕がつくって、ちょっと堅すぎるところは編集者さんにアレンジしていただきました。一般的に言われている言葉もあれば、自分でつくった言葉もあります。たとえば、「コンカツ」は、自分でつくった言葉です(笑)
『恋する屁こき虫』より
― 人面カメムシを紹介する「WANTED」、本の案内人となるキャラクターの「ナナホシくん」など、バラエティ要素に富んだ本の構成ですが、それもすべて自分で考えたのですか?
はい、そうです。もともと孫たちに読んでもらうためにつくっていたこともあり、やはり子どもにもとっつきやすいように、できるだけ単調にならないようにしています。
― では、恋というテーマが加わったこと以外は、もともとご自身でつくっていた本とそこまで変わっていないのですね。
はい。基本的に伝えたいことは変わっていません。いちばん変わったのは、もともと左開きでつくっていた本を、出版の体裁に合わせて右開きにしたことです。すべての流れが反対になるので、デザイナーさんは大変だったと思います。
また、もともとは「滋養カメムシ」として食用カメムシを紹介するページをつくろうとしていたのですが、少しグロテスクかな、ということで割愛することになりました。将来の食糧難に備えて知っておくといい内容だと思いますし、「カメムシが地球を救う」ということを伝えたかったのですが…。これはまた、別の機会に紹介したいと思っています。
― 広告代理店でもチームでものづくりを経験してきたと思いますが、チームで本をつくるという経験はどうでしたか?
やはりチームだと、僕ひとりの自己満足で終わらず色々な人の意見が入るので、良かったと思います。実際に出版したら、あらゆる価値観の人が本を手に取りますよね。チームでつくると、世に出たときの予行演習ができるので。「恋する」というキーワードも、けっこうチャレンジですよね。1人では出てこなかったと思います。これも、チームで話し合いを重ねるなかでお互いのエネルギーが高まって生まれた結果だという気がしています。
『恋する屁こき虫』より
― 本を出してみてどうでしたか?
出来栄えにはほぼ満足しています。最初は自己満足で少し気取ったイメージでつくっていた本がこのように変わって、読者のことを考えればこれで良かったなと今は思えます。
本をお渡しした方々には、驚きの目で迎えられました。隠居している老人だと思っていたのにこんなことをやっていたのか! という感じで。同世代の高齢者や不景気でぼやいていた元同業者には「チャレンジしようよ」と話し、勇気と元気を与えられたように思います。
書店に自分の本が並んでいるのも見ましたし、見ず知らずの小学校の校長先生がブログで本をお勧めしてくれたり、近所の子どもたちに「図書館で見たよ!」と声をかけられたこともあります。
― 伝えたかったことが伝わっている感覚はありますか?
広告をつくっていた時代からそうなのですが、自分がつくったものを見た人と直接話ができないのは非常にもどかしいですね。どう受け止められているのか、やっぱり気になるんです。悪口もお褒めの言葉も、どちらもありがたいのですが。
機会があれば、写真展を開いたりして、直接子どもたちから話を聞きたいという思いが募っています。
― 他になにか、これからやってみたいことはありますか?
今回の書籍ではページ数の関係で紹介できなかったり不完全燃焼の部分もあり、1冊出してさらに目が肥えてきたような部分もあり、これは生涯続けるべき活動だ、という気持ちになっています。カメムシだけではなく、鳥の本も出せたらいいなと思っています。
― 鳥の本というのは、写真出版賞で受賞した「色鳥鳥」のことですか?
いえ、また別の構想があるんです。もうちょっと、彼らの生活感を表現できたらいいなと思って、今、日々悩んでいるところなんです。鳥って、飛んだり動いたりするじゃないですか。やっぱり本の中でも大空に飛んでいってほしいなと思うんです。ビジュアル的に写真のフレームから飛び出すようなものをつくれないかなと考えています。
第6回写真出版賞で最優秀賞を受賞した「色鳥鳥」
― 工藤さんは広告の仕事でテレビ、ラジオ、インターネットなどさまざまなメディアの表現をされてきたと思うのですが、人に伝える手段として本というメディアを選ばれているのはなぜなのでしょうか?
バーチャルなものを否定するわけではないのですが、自分ではあまりやりたくないという想いがあります。先ほども話しましたが、みんながスマホを見たりゲームの疑似体験に没頭していて、足元の自然のおもしろさに気づいていないという現状があるので。
― 何か、今ここで改めて社会に伝えたいことはありますか?
自然が常に変化しているので、今を大事にしてほしいと思います。人間が霊長類の頂点に立っていると錯覚している人も多いと思うのですが、そうではありません。たとえばヘリコプターも虫のようには自由に飛ぶことができないですよね。ホバリング(空中停止)も、虫は複雑な操縦をしなくてもできるじゃないですか。彼らのほうが優れている部分がいっぱいあるんですよ。
自分たちだけが偉いと思っていたら、自然のバランスは崩れますよ。昆虫のことも、すぐ害虫と言い切ってしまうでしょう。でも、その虫が駆除されたら生態系が崩れてしまうこともあります。もう少し謙虚になって他の生き物や自然に向き合う姿勢が必要だと思います。情報をバランスよく入手してほしいです。
― そうした気づきやメッセージを、耳に痛い説教ではなく、本というエンターテインメントを通して伝えているところが素晴らしいと思います。「おもしろい」から入るのが、本当の興味だと思うので。工藤さんのこれからの活動からどんなコンテンツが生まれてくるのか、楽しみにしています。
鳥や昆虫を中心に生き物の写真を撮りながら、「小さな生き物ほど自然環境の変化に弱い」ということを次世代に伝えていきたいと考えている。大阪城公園でとあるカメムシと奇跡のような出会いを経験し、以来カメムシの虜に! きらわれもののイメージを払拭し、カメムシに対する世間の誤解を解くために、「カメムシ愛」の伝道師になることを決意。自身も新たなカメムシとの出会いを求め、日本中を旅してまわっている。いろどり豊かな野鳥を写した作品集『色鳥鳥』で第6回写真出版賞最優秀賞を受賞。勤めていた広告会社では、朝日広告賞、読売広告賞、講談社雑誌広告賞など受賞歴多数。
タイトル:恋する屁こき虫
作者:工藤 清
価格:1650円(税込)
判型:A5判 128ページ ソフトカバー
発売日:2023年9月19日
出版社:みらいパブリッシング
ISBN:978-4-434-32709-4
購入:書店 / Amazon / Yahoo!ショップ