レポート
2022/12/24
2022年某日、第7回写真出版賞の審査が開催されました。
審査決定後、審査員を務めた青山裕企氏・則武弥氏・谷郁雄氏が本音で語ったトークを公開します。
どのような視点で審査が行われ、どんな作品が選ばれたのか。
応募した方も、これから応募する方も、ぜひご覧ください。
青山裕企(Mr.Portrait / 写真家)
『ソラリーマン』『スクールガール・コンプレックス』『少女礼讃』など、 “日本社会における記号的な存在”をモチーフにした作品を制作している。 本賞では第1回から特別審査員を務める。
ウェブサイト https://yukiao.jp
則武弥(デザインディレクター)
ペーパーバック代表。CI、VI、教科書のデザイン他、「典型プロジェクト」でのプロダクト開発、詩のデザインレーベル「oblaat」、「東京ピクニックラブ」で活動。グッドデザイン賞他受賞多数。本賞では第1回から審査員を務める。
ウェブサイト https://www.paperback.jp/
谷郁雄(詩人)
1955年三重県生まれ。同志社大学文学部英文学科中退。大学在学中から詩作を始める。90年『死の色も少しだけ』で詩人デビュー。写真家とのコラボレーション詩集も数多く刊行されている。作品は、合唱曲『出来そこないの天使たち』になったり、「どこにもない木」が中学校の教科書の巻頭詩として掲載されたりしている。詩集に『愛の詩集』『透明人間・再出発』『バナナタニ園』『大切なことは小さな字で書いてある』『詩を読みたくなる日』ほか多数。
※ 審査員は計6名おり、このメンバーは全員ではありません。
青山:
今回も審査がすごく面白かったです。驚いたのは、ほとんどの作品がウェブ応募だったことです。やっぱりプリントを郵送で送ってきた作品に比べると、受け取る側の気持ちも少し軽くなってしまいますね。ウェブ応募が多い中で、プリントで作品を出すとそれだけですごく目立つと思いますよ。
それから、第7回にもなるとこの賞の傾向のようなものが見えてくると思うのですが、それを意識している人が多いような気がしました。でも、基本的には前回入選した作品に似たものは次は選ばれません。過去の受賞作を意識しすぎないほうがいいと思います。
特別審査員を務めた写真家の青山裕企氏
谷:
傾向を意識したのかは分からないのですが、今回、風景の写真がとても多かった気がします。
則武:
あと、回を増すごとに、ものすごく変な作品が少なくなってきたような気がします。賞のレベルが上がり、どの作品も平均点以上の出来栄えですが、そのぶん、100点を越えてしまうようなものや、判断基準を失ってしまうようなものが減ってきたように感じます。
写真集やビジュアルブックというよりも、作品を見やすくまとめたポートフォリオを見ているような気分になる作品も多かったです。
デザインディレクターの則武弥氏(写真中央)
写真の力
青山:
僕もずっと写真だけをやってきているので、応募者の気持ちが良く分かるんです。写真をどう見せるか、という編集まで自分でやりたくなる。でも、この写真出版賞は写真の賞なので、できるだけ写真で勝負してほしいです。構成や文字の配置で写真の力が弱まってしまうと、すごくもったいないので。
谷:
青山さんの言う写真の力って? 別の言葉で言い換えるとどうなりますか?
青山:
写真は、瞬間を切り取ったものです。50枚だろうが1枚だろうが、それを見る人にどんな感情を引き起こすか、どんな変化を与えるかが写真の力だと思います。
写真は“誤解”のメディアです。理解してもらいたいなら映像を選んだほうがいいと思います。写真は、解釈の多様性があります。理解で終わらず、見る人それぞれの解釈で誤解を生むこと。それがどれだけできるかが写真の力だと思っています。
詩人の谷郁雄氏
青山:
僕が今回特別賞に選んだのは、卞敏さんの作品です。僕もポートレートを撮っているのですが、ポートレートってどれだけ人に向き合っているのかが写真を通して分かるものなんですよ。
卞敏さんの作品は、卞敏さんにしか撮れない距離感や空気感があるように見えました。光の入れ方も好きです。ときどき入ってくるスナップ調の風景をふくめ、すべていいなと。
「NOW HERE NOW WHERE(いまここ いまどこ)」 卞敏
谷:
今回も無事に特別審査員賞が決まってよかったです。
青山:
すぐ決まりました。卞敏さんの写真は、こっちが見ているのに、見られている感じがするんですよね。大事なのは目ですね、目がどう映っているかだと思います。卞敏さんが撮っている人達って、レンズを見ていないんです。レンズの向こう側の人だったり何かを見ている。ポートレートの力ってそこにあると思うです。ただ撮ってもこうはならないので。
「NOW HERE NOW WHERE(いまここ いまどこ)」 卞敏
則武:
色が激しくならないように気をつけて抑えているような気がします。カラー写真ですが、カラーに見えないというか、ネガを見ているくらいのトーンですよね。ギリギリのところで絶妙な階調をつくっている。膜を張っているようだけど、ちゃんとピントが合っているし、奥行きも見えているし、とにかく見ていて気持ちがいいですよね。
青山:
写真を見るとき、人の目は明るいところに目がいくものなのですが、よく見るとシャドウにも階調があるんですよね。そこをどれだけ描けているかは、モノクロ写真の時代から肝だったのだと思います。
さっと撮っているように見えて、すごく考えられている作品だと思います。
青山:
この作品が大賞に選ばれたと聞いて、まったく文句はないと思いました。写真の力と、イメージメイクの力がすごい。作者の下園啓祐さんは、こういう世界をつくりたい、というのを貪欲に写真にできる人だと思いました。光を操れるし、捉えられる。写真の権化みたいな存在だなと。この方は写真で食っていける、と思いました。もうすでに食っているかもしれませんが。
谷:
それはすごい誉め言葉ですね! たしかに作品の仕上がりからも、すでに広告写真などを仕事としてやっている方なのかなと感じました。
則武:
アートディレクションに近いですよね。PVをつくるようにシーンを決め込んでいる。オーダーがあればなんでもつくれる方のような気がします。一方、完璧すぎてエラーがなさすぎるような気もします。
青山:
たしかに、商業的なものとアートの間のような作品で、作品が自分とどう結びついているか、というのは見えにくかったかもしれません。この作品が大賞になるのは時代を感じさせますよね。写真家の奥山由之さんや石田真澄さんのようなエッセンスも感じます。
「Chewing-Rock’n’roll」下園啓祐
則武:
なんとなくですが、この方、音楽好きな仲間とかいそうですよね。
青山:
タイトルにもロックンロールが入っていますもんね。もしそうだとしたら憧れます。僕はこうなりたかったけどなれなかった人間なので。結局、人は自分にできることしかできないですよね。まぁ、この方も本当はなんてことない景色を撮りたいと思っているかもしれないですし、実際のことは分からないのですが。
谷:
写真って、カメラが撮るんじゃなくて人が撮るんですよね、やっぱり。
青山:
下園さんの作品には、イメージづくりの貪欲さを感じるので、本当は何がやりたいのか、それをやってみたときにどうなるのかに興味があります。今写真集をつくると、3年後に2冊目、5年後に3冊目なんてこともあると思うのですが、どんな変化が生まれていくのか。とにかくこれからがすごく楽しみです。
青山:
今回、風景写真の作品が多かったなかで、Ryogo Urataさんの「日本絶景百科」は群を抜いてレベルが高かったです。既に本になるレベルに達していると思います。
則武:
アニメっぽい雰囲気がありますね。
「日本絶景百科」Ryogo Urata
青山:
SNSでアニメのような風景写真が流行っていたりするので、少しだけ既視感があるのですが、とにかくUrataさんは撮影の物量がすごいですよね。他のことは何もしてないのでは? と思わせるほど、風景写真に身を捧げたというか、写真に狂った方のように見えます。
どう考えても日本全国巡っている感じなんですよね。季節や時間帯など、ほぼ完璧なんですよ。相当しっかりリサーチをしているのだと思います。
則武:
第3回写真出版賞で大賞を受賞した北山建穂さんの『四季彩図鑑』も風景写真でしたが、この「日本絶景百科」はもう少し若い世代向けのものになるのではないかと感じます。明らかに写真の質が異なるので、まったく別の本になるのではないでしょうか。印刷のときにCMYKでどれほど色が綺麗に出るかが心配ですが、それが成功したらいい本になると思いますよ。
第3回写真出版賞で大賞を受賞し出版された北山建穂さんの『四季彩図鑑』
青山:
あと、MEIHOさんの「複眼 どんな風に見えているんだろう」はすごかったですね。苦手なんですけど、見えないものを見たいという好奇心が働いて、つい見ちゃうんです。ここまで寄ると、見ちゃいますよね。
谷:
だんだん、生き物というよりメカニックなものを見ている感覚になりますよね。生々しさや気持ち悪さを越えている。
「複眼 どんな風に見えているんだろう」 MEIHO
青山:
触ってみたくなりました。人間の目っていい感じに見えすぎないようにできているのですが、カメラの技術が発展して、写真では見えすぎることもできるようになって。見えすぎるからこその新発見がある。キモ美しいですよね。
則武:
ここまで昆虫を撮っているというのがすごいですよね。こういう作品の応募が増えてほしいですね。変態というか、何かを執拗に追いかけている人の写真。
青山:
masoumasoumasouさんの「ゆずともか」 も好きでした。めちゃめちゃ感情が現れているなと。人とにわとりってこんな風に共生できるんですね。
「ゆずともか」masoumasoumasou
谷:
僕も子どもの時ににわとりを買っていたのですが、猫より懐くんですよ。名前を呼ぶとこっちに来るし。けっこうこんな感じでした。にわとり愛を感じる作品ですよね。
青山:
シャッターチャンスがいいですよね。人よりにわとりを撮るほうが上手い気がします。写真もにわとり目線で撮っているのかな。
青山:
ポートレートでは、Kirk307sさんの「嶋ちゃん」が気になりました。ひとりの女性を撮り続けていて、距離感がちゃんと映っているんですよね。ほのかな片思い感が漂っていて。だんだん、撮っているKirk307sさんにも撮られている嶋ちゃんにも表現力が出てきているのを感じて。
則武:
写真が上手すぎないところもいいですよね。写真が上手すぎると結婚式の写真のようになってしまうので。
谷:
ふたりの関係が分からないところもいいんですよね。川島小鳥さんの初期がこんな雰囲気だったんですよね。
「嶋ちゃん」Kirk307s
青山:
関係も気になりますね。ふたりの物語が10章まであるとしたら、今はまだ3章目くらいなのかな。
誰を撮るかもかなり大事です。嶋ちゃんは、多くの人が感情移入できる親しみやすさがあり、国籍もちょっと謎な感じがある。
どこまでスタイリングしてるか分からないけれど、けっこうこだわれていると思うので、2、3年後はどうなるのか見てみたいです。
谷:
それまでに関係が破綻しないかな。
青山:
破綻したらそれはそれで撮ってほしいですね。
青山:
Nocchiさんの「in Tokyo」も良かったんです。なんてことない日常をどれだけドラマチックにできるか。令和のソウル・ライターというか、理系っぽい感じなんですよね。カメラを持っているからこそ見つかるような視点が面白い。多分、すごくしつこい方だと思います。しつこさって、写真家にとってすごく重要なんですよ。今回は東京で撮っていますが、東京ではないところで撮った写真も見てみたいです。
「in Tokyo」Nocchi
青山:
Naoya Omiyaさんの「空白の質量」は、1点1点の写真の力を感じました。できればプリントで見たかったです。モノクロならなおさら陰影や階調の表現が大事になってくるので。
「空白の質量」Naoya Omiya
谷:
粒子が荒れているのはなんでだろう。
青山:
焼き方だと思います。スキャニングしてデータにするならプリントで応募するほうがいい気がします。
則武:
写真はすごくいいですよね。提出方法だけこれが最適なのか考えてみてほしいです。
青山:
中西和夫さんの「里海に暮らす鯨・カツオクジラ」は、読みはじめから最後に向けてだんだんすごくなってきて、なんという瞬間を撮っているのだろうと感動しました。本にするならもう少しページを減らしてもいいと思いますが、すごく見ごたえがあります。
「里海に暮らす鯨・カツオクジラ」中西和夫
則武:
本にするなら、カツオクジラがいることによって生態系がうまくいっているなど、背景を伝えた上で写真を見てもらうような構成にしたほうがよさそうですね。
青山:
あと、受賞作ではないですが、藤間棗さんの「scramble」という作品も良かったです。コロナ前の写真だと思いますが、30年前くらいの写真に見えますね。この2、3年でどれだけ時代が断絶したのか考えさせられます。けっこうおもしろい瞬間が撮れていると思うんですよ。
「scramble」藤間棗
昭和の時代やコロナ蔓延中の間も撮っていたらもっと面白いですね。定点観測は、幅があればあるほど面白いので。
ドキュメンタリー写真は長く撮らないと厚みを出せないので、それが難しいですよね。
谷:
どんなテーマであれ、こちらをはっとさせてくれる作品に出会いたいです。審査員の賛否両論を起こし、みんなが熱くなってしまうような。そんな作品がどんどん出てきてくれるとうれしいですね。
則武:
審査員が求めることや、審査でこう見られるだろう、というのを気にすると、自分がやりたいことがぼやけてしまうと思うので、気にしないでほしいです。自分にしか分からないものでいいんです。自分が好きって思うものをそのまま応募してください。
青山:
どのサイズでどんな風に見せたいかが明確な人はプリントで応募してください。
それから、僕は写真家なので、デザインや言葉に逃げないで写真で勝負して欲しいと思います。写真に覚悟と自信を持ってほしい。作品点数が50~300枚なので、最後まで飽きさせないことは大切ですが、それだけ考えて、あとは器用にやろうとしなくて大丈夫です。
周りのウケを気にせず、誰も分からないけど自分は好きなんだよなと思うものをえいっと送ってもらえたら、そういうものはだいたい心に届くので。この人ちょっとおかしい、なんでこんなのを撮ってるんだろうって思えば、好みを越えて興味がわいてくるんですよ。そういう作品を期待したいと思います。
以上、第7回写真出版賞の審査員による講評トークでした。
すべての作品のコメントはお伝えできませんでしたが、自分の作品がどんな感想を持たれたのか気になる人は、ぜひ出版社とのミーティングに参加してみてください。
また、第7回で受賞したすべての作品の情報は、こちらの結果発表のページをご覧ください。