〈第9回写真出版賞 審査を終えて〉写真家 青山裕企さんにインタビュー(聞き手:詩人 谷郁雄さん)

レポート

2023/12/12

 

2023年某日、第9回写真出版賞の審査が開催されました。

審査後に、特別審査員の青山裕企氏へのインタビュー(聞き手:詩人 谷郁雄さん)を行い、今回の応募作品について、印象に残った作品、次回の応募者へのメッセージなどを聞きました。

応募した方も、これから応募する方も、ぜひご覧ください。

 

 

《 プロフィール 》

  

話し手:青山裕企(Mr.Portrait / 写真家)

『ソラリーマン』『スクールガール・コンプレックス』『少女礼讃』など、 “日本社会における記号的な存在”をモチーフにした作品を制作している。 本賞では第1回から特別審査員を務める。ウェブサイト:https://yukiao.jp

 

 

聞き手:谷郁雄(詩人)

1955年三重県生まれ。同志社大学文学部英文学科中退。大学在学中から詩作を始める。90年『死の色も少しだけ』で詩人デビュー。写真家とのコラボレーション詩集も数多く刊行されている。本賞では第1回から特別審査員を務める。ウェブサイト:https://note.com/tani_poem

 

 

 

 

審査の感想

谷:

今回、応募数は過去最多でしたが、青山さんは僕が思っていたよりも審査を早くスムーズに終えられた印象があります。

 

青山:

そうですね。抽象的な写真はけっこう読み解くのに時間がかかるのですが、今回、2つの部門(サブカル・マニア部門、撮影テクニック部門)が新しくできたこともあって、図鑑や読み物のような、分かりやすく伝わりやすい作品が多かったからかもしれません。

 

話し手:写真家 青山裕企さん

 

谷:

写真出版賞は名前のとおり出版を前提としているコンテストなので、そうした作品が集まりやすく評価もされやすいという傾向もあるかもしれませんね。

審査を終えて、全体の印象としてはどんなことを感じましたか?

 

青山:

やっぱり、AIの進化のスピードが、僕の写真の見方にも影響を与えているな、というのを感じました。今までは、加工が過剰に施されていたり絵のように感じられる写真は受け入れにくかったのですが、そういう写真への抵抗感がなくなってきました。逆に、今までこだわっていたプリントや写真の焼き加減などは気にならなくなりました。

僕が惹かれるようになったのは、撮る人がその場に行かなければ撮れないもの、しかも、そこに長くいないと撮れないようなものです。「うわー、この人、これを撮るためにすごく粘ったんだろうな」とか、「このために何万歩歩いたのだろう」と感じられるようなものに、写真らしさを感じます。“写真してる”なって。

だから今回は、人間の泥臭さ。身体性。そういうのが匂ってくる写真を高く評価しました。

 

聞き手:詩人 谷郁雄さん

青山裕企賞「魂の翼 カザフの伝統イーグルハンター」について

 

青山:

今回僕が審査員特別賞に選んだのは、Agiさんがカザフスタンのイーグルハンターとその家族たちを記録した作品です。見たことがない世界で、とても新鮮で、狩りの様子だけではなく風景や少年たちの写真もあったりしてバリエーションもすごく多いのが良かったです。これこそまさに、その場所に行かないと撮れない写真ですよね。

 

「魂の翼 カザフの伝統イーグルハンター」Agi

 

谷:

これは大賞の候補でもあった作品です。通い詰めて撮っているのが作品から伝わりますよね。日本には鷹匠がいますが、他の国にもこうした伝統があるんですね。

 

青山:

写真家のヨシダナギさんはアフリカなどの奥深いところで民族を撮影されていますが、Agiさんはもう少し日本から身近に感じられるアジアで撮っている。シルクロードや砂漠を撮っている人もたくさんいますが、イーグルハンターを撮るというのはシンプルにかっこいいです。

人間の古来からの生きざま、根付いている土地、周りの家族たち…。すべていい。かっこいいんですよ。イーグルハンターたちが朝起きてから寝るところまで、もっとすべて見てみたいなと思ってしまいました。

 

「魂の翼 カザフの伝統イーグルハンター」Agi

 

大賞「Marginal」について

 

谷:
大賞は、HALさんの「Marginal」という作品です。今回、青山さんが「魂の翼 カザフの伝統イーグルハンター」を審査員特別賞に選んで、青山さんが専門とするポートレートの作品が大賞になった、というのが面白いですよね。

 

「Marginal」HAL

 

青山:
そうですね。今まででいちばん意外な結果かもしれません。この結果をパッと見た人は、こっちが青山が選んだ作品じゃないの? と思うかもしれませんね。

 

谷:
大賞作品はみらいパブリッシングから出版される予定なので、どんな写真集にしていくか、これから具体的なことを出版社と考えていくことになります。

 

青山:
この作品が写真集になるのが楽しみです。

 

「Marginal」HAL

印象に残った作品

 

青山:

審査員特別賞のもう1つの候補だったのが小澤啓さんの「空看板」です。もう使われなくなったり、契約が切れて別の広告に替える前だったりで、白く塗りつぶされたり枠だけになっている看板…。僕も人物を撮っていなかったらこういうのを撮りたいなと思います。ちょっとシュールで、面白いですよね。

 

「空看板」小澤 啓

 

 

谷:

着眼点が面白いですよね。日常のなかにある、看板として機能していない無の状態になっているものを記録している。クリスト&ジャンヌ=クロードという建物や橋などを梱包するアーティストがいますが、それともまた違う視点なんですよね。

 

青山:

今は何もないけれど過去に何かがあったもの。気配なんですよね。うーん、面白い。意味深く見えてしまいますよね。作者の小澤さんはおそらく、こういう看板を見てかなり興奮していると思うんです。

 

谷:

そうですね、かなりマニアックだと思います。

 

「空看板」小澤 啓

 

青山:

ずっと天気がいいんですよ。偶然見つけてその場で撮ったら曇りの日もあるはずなのに…。やっぱり、青空の下で撮りたいというこだわりがある。空看板を、いい被写体として見ているのではないでしょうか。かわいい女の子を撮っている人くらいの情熱と愛情で撮っている気がしますね。ドラマチックなんですよね。いいですよね~。

 

谷:

僕は、鈴木拓哉さんの「現代、生きる意志を(仮)」が青山さんに選ばれるのではないかと思っていました。

 

青山:

そうですね、これもすごく気になった作品です。マスクを付けた女性を撮った写真で、すごい量をファイルにまとめて郵送で送っていただいて。

 

「現代、生きる意志を(仮)」鈴木 拓哉

 

谷:

この厚みがすごいですよね。見ていくと、なんだかすごく引き込まれていくんですよね。

 

青山:

よく見ると、被写体の女性たちが、人形みたいな不思議な顔つきをしているんです。仮面を剥いでいるときの顔ってこんな感じなのかもしれない、と思いました。

 

「現代、生きる意志を(仮)」鈴木 拓哉

 

谷:

変化の途中のような?

 

青山:

そう。だから女の人にとってやっぱりマスクってもう仮面なんだな、と感じました。こういうコンセプトを思いつく人は他にもいるかもしれませんが、結果的にこういう写真が撮れたというのは鈴木さんならではの作風だと思います。

女性たちの表情が興味深いので、顔をアップにした写真も見たいと思いました。

 

谷:

たこぶえ写真館さんの「着ぐるむ人々」も郵送応募でしたね。

 

青山:

こちらも面白かったですね。ポートレートというよりは記録というか採集してるような感じがしました。植物図鑑をつくるような。だからなのか、見ていて安定感がありましたね。

 

「着ぐるむ人々」たこぶえ写真館

 

谷:

なんとなく、着ぐるみとそれを着る本人が似ているんですよね。着ぐるみの写真というより、この着ぐるみを含めた人間性を写した作品なのかな、と思いました。

 

青山:

なぜこのような着ぐるみを作るのか、というところに焦点が向いているんでしょうね。人に興味がわくという意味では、ポートレートとしても成功していると思います。

 

青山:

須藤美香さんの「たいやきの旅」も好きでした。面白い構図もあって、たいやきも綺麗で。なぜたいやきなのか? というのは気になりますが、そんなに深く考えなくてもいいのかもしれないですね。

 

「たいやきの旅」須藤 美香

 

谷:

個人的には、最後にたいやきの頭が猫に食べられちゃったりとかしたら、また違うカラーの作品になって面白かったのではないか、と思ったりもしました。

 

青山:

Saho. さんの「記憶の中に在る廃墟」も印象に残っています。広角レンズでドラマチックに表現されています。

 

「記憶の中に在る廃墟」Saho.

 

谷:

綺麗ですよね。

 

青山:

綺麗なんですよ。でもおそらく実際に行ってみたらそんなに綺麗ではないと思うので、タイトルのとおり、記憶の中で美化されていくようなイメージなのでしょうか。

 

谷:

ある意味フィクションというか。夢みたいなものですかね。

 

青山:

壺屋聖一さんの「翡翠」は、翡翠(カワセミ)の生き生きとリアルな一瞬を切り取った、優れた作品だと思いました。寄りが多かったので、もう少し引きの写真も見てみたかったです。あと、この色味が本当に美しいですよね。

 

「翡翠」壺屋聖一

 

谷:

うちの近所の川にも翡翠がいてときどき見かけるのですが、本当にこんな色で綺麗なんですよね。

 

青山:

動物に関連した作品では、ねこひこさんの「牛舎の猫家族」も印象に残っています。珍しい世界ではないかもしれませんが、新鮮に見えました。猫の写真はたくさんありますが、こういう撮り方や追い方があるんだなと。猫が本当に好きじゃないと撮れない写真だと思います。

 

「牛舎の猫家族」ねこひこ

 

谷:

牛舎という場所がユニークですよね。猫と人だけじゃなく牛も加わると、視点が多彩になります。

 

青山:

そうそう、そうですよね。猫カフェで撮るのとは全然違います。こういう牛と猫の世界はあまり見たことがないですよね。

あと、デザインされて1枚1枚の写真が小さくなっているので最初は気づかなかったのですが、じっくり見ていくと、写真として光の入れ方がすごいんですよ。写真の力をすごく感じます。

 

谷:

本のスタイルに構成された作品でしたが、ただ写真を並べただけの作品だったら、こんな趣の作品にはならなかったかもしれませんね。

 

青山:

うたかたえれじぃさんの「うたかたえれじぃ」も猫の作品でしたね。見ていくうちにだんだん環境がダークになって、猫たちが必死に生きている感じが出てきて、面白かったです。

 

「うたかたえれじぃ」うたかたえれじぃ

 

谷:

猫の野性がだんだん露わになってくるのが面白い。

 

青山:

第8回の大賞だった原啓義さんの「まちのねにすむ」は都会のドブネズミを撮った作品でしたが、これはまた少し違う、路上生活者の方がいる河川敷のような場所で生きる猫たちが撮られていて。

カメラの進化によって肉眼では見えないような暗い場所や夜も写真で撮れるようになって、こういう世界を見せていただけるのはありがたいことですよね。

 

青山:

最後に話したいのは、n_cogaさんの「小さなカメラマン」についてです。

いやー、良かったです。子どもが成長していって、そこに写真というものがあって…。写真ってこういうことだよな、と思いました。普通なかなか趣味として続かないけど、この子の場合は3歳から今までよく続いていますよね。

 

「小さなカメラマン」n_coga

 

谷:

他の審査員たちから「こういうカメラや撮影技術のガイドブックがあればいいよね」という意見も出ました。そしたら、将来は写真家になりたいという子どもたちが増えるかもしれない。

次に出会いたい作品

 

青山:

まず、今回受賞しなかった方に伝えたいのは、これは全否定ではまったくないので、引き続き自信を持って撮り続けてほしいということです。僕も応募する側だったのでショックを受けるのも分かるのですが、これは「たかが1つの賞に選ばれなかっただけ」とも言えることなんです。ネットで気軽に応募できるようになったぶん、結果もライトに、軽やかに受け止めてほしいです。

こういうときこそ、淡々と、性懲りもなく続けることが大事だと思うんですよ。周りから何を言われようが、落ち続けようが、とにかく撮り続ける。応募し続ける。そういう人が、忘れたり諦めかけた頃に、何かを受賞したり話題になったりするんですよね。それは写真に限らない話です。

応募した後も撮り続けていたのであれば、審査員たちは写真が良くなっていることに必ず気づきます。だから、ライトに軽やかに、何回も応募してほしいです。

 

 

次に、今回の応募者に関わらず、みなさんに伝えたいことは、「SNSで映えそう」とか「だれも見たことのない画像をつくろう」などと考える必要はないということです。

AIの進化のスピードがすごいので、これからはさらに、その場所に行かなくてもパソコンで作れる写真が量産されていくと思います。だからこそ、自分で動いて目で見て、心動いたものを撮る。そういう写真の基本的なところに立ち返っていくのがいいのではないかと思います。

やっぱり、本当に好きじゃないと続かないし、量も撮れないです。だから、撮り切れていること自体が、賞に選ばれるか選ばれないかよりも大事なことなんですよ。なんでこの人はこんなに飽きずにこれを撮ってるんだろう? という熱量に惹かれます。僕自身も、この審査を通して、自分の好みとは関係なく、そういう作品を選ぶようになってきました。

 

谷:

第1回から青山さんの選ぶ作品がだんだん変わっていくのを見てきたのですが、今日の話を聞いて、AIの進化やこのコンテストに集まる作品たちを見ることによって青山さんの中にも変化が出てきた、というのを知ることができて良かったです。今日はありがとうございました。

 

以上、第9回写真出版賞の特別審査員を務めた青山裕企さんと谷郁雄さんのお話でした。

すべての作品のコメントはお伝えできませんでしたが、自分の作品がどんな感想を持たれたのか気になる人は、ぜひ出版社とのミーティングに参加してみてください。

また、第9回で受賞したすべての作品の情報は、こちらの結果発表のページをご覧ください。